DOVE LOUNGE presents THIS IS REGGAE vol.1
Scientist -サイエンティスト-
本名Hopeton Brown。1960年キングストン生まれ。10代後半に、知り合いを通じてKing Tubbyの経営する電化製品店に修理工として就職。一番弟子のPrince Jammyがスタジオを留守にすることが多くなり、そこで抜擢されたのが、このエンジニア志望の修理工Scientistであった。すぐさま看板エンジニアとして大活躍。80年代に入ると、拠点をChannel One Studioに移し、Henry Junjo Lawesのプロダクションを中心に、Roots Radics等によるトラックを次から次へとダブ化していった。大量にリリースされたイラスト・ジャケットのアルバムは、欧米、そして日本でも名前が知られるきっかけとなり、ミキシング・エンジニアとして不動の地位を築いていった。現在、LA在住でスタジオ・ワーク、そしてライブ・ミキシング共に順調な活動を続けている。Scientistによるミキシングのどこがそんなに凄いのか、それは、ダブのステレオ・ミックス、もしくは、エフェクト処理のステレオ化、これに尽きる。彼こそが、現在形のダブの創始者と言えるのではないか。
KODAMA KAZUFUMI
1982年、ライブでダブを演奏する日本初のダブバンド「MUTE BEAT」結成。通算7枚のアルバムを発表。1990年からソロ活動を始める。ファーストソロアルバム「QUIET REGGAE」から2003年発表の「A SILENT PRAYER 」まで、映画音楽やベスト盤を含め通算8枚のアルバムを発表。プロデューサーとしての活動では、FISHMANSの1stアルバム「チャッピー・ドントクライ」等で知られる。また、DJ KRUSH、UA、エゴ・ラッピン、LEE PERRY、RICO RODRIGUES等、国内外のアーティストとの共演、共作曲も多い。現在、活動全体をDUB STATIONと呼び、ターンテーブルDJをバックにした、ヒップホップ・サウンドシステム型のライブと、バンド編成でのライブを並行して行なっている。2005年にはKODAMA AND THE DUB STATION BANDとして「IN THE STUDIO」2006年には「MORE」を発表している。水彩画、版画など、絵を描くアーティストでもある。現在、『すばる』誌にて連載中のエッセイ「空を仰いで、」を中心にした、新刊『空をあおいで』が、2010年4月20日、K&Bパブリッシャーズより刊行決定。長らく入手困難だった自伝的小説『スティルエコー 静かな響き』、エッセイ集『ノート・その日その日』も収録。
LIKKLE MAI
DUBバンドDRY&HEAVYの元・女性ヴォーカル。在籍中に4枚のアルバムと1枚のリミックス・アルバムをリリース。05年、更なる飛躍を求め DRY&HEAVYを脱退しソロとして始動。06年2月アルバム『ROOTS CANDY』をリリース。レゲエ界のトップミュージシャンで構成されたバンドによるエネルギッシュなステージングが話題に。同時にギタリストThe Kとのピースフルなアコースティックライブも敢行。異なるライブ形態を使い分けたスタイルはリクルマイの真骨頂。07年7月、レゲエに回帰しながらも音楽 的に更なる進化を遂げたセカンドアルバム『M W』を発表。その後ファン投票により決まったシングル曲『My Woman/Home,Sweet Home』を7インチでリリース。08年8月にはハワイ・ツアーを行う。アラモアナでのライブでは約千人の集客を集め、大成功を収める。09年11月4日にリリースの全編バンドサウンドによる待望のサードアルバム「mairation(マイレーション)」は多数の紙面が大絶賛、傑作アルバムと称される。こ の他DUB STEPの重鎮Rob Simth(Smith And Mighty)から“レコード番長”須永辰緒にいたるまであらゆる作品への客演も。更にはルーツレゲエのDJとしても第一線で活躍中、Jah ShakaやAdrian Sherwoodなどの来日公演をサポート。
BOY KEN
磨きぬかれたリリックに印象深い声。そして唯一無比の強烈なキャラクター。日本のレゲエやヒップホップシーンの創成期から活躍し、ヘッズは勿論、多くのアーティストからも 多大な支持を得ている"Very Important Person"。それが、BOY-KENである。伝説の「サンピンCAMP」をはじめ、ヒップホップの人気イベントには欠かせない存在であり、現在の日本におけるレゲエとヒップホップの本格的コラボレーションもBOY-KENを軸に行われているといっても過言ではないだろう。特に99年スマッシュヒットの「Dancehall Checker」は現在のクラブシーンを代表するアーティストとコラボレーションを果たした名作である。97年には、ジャマイカの人気ラジオ局IRIE-FMのジングルに起用され、超大物シンガー、フレディー・マクレガーのプロデュースのもと、ジャマイカ名門レーベル[BIG SHIP]から「ONE FAMILY」を発表するなど本場ジャマイカで、これまで日本人DJ(MC)が成し得なかった成功を収めている。この「ONE FAMILY」は、[VP RECORDS]や[GREEN SLEEVES]などのUS、 UKのレゲエ老舗レーベルからもリリース、高い評価を得ている。さらに、シャバ・ランクス、シャインヘッド、バウンティキラーをはじめとする多くの海外のビッグネームとの共演はもちろん"JAPAN SPLASH"などの海外のア−ティストを招待したビッグイベントにも名を連ねる等文字通り、日本を代表するアーティストと言えるだろう。