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NAME

Quentin Harris

Strictly Rhythm

BIOGRAPHY
次世代NYアンダーグラウンド・サウンドを担うDJ、プロデューサー。その歴史故、保守的になりがちなNYのクラブ・シーンにおいても果敢に新しいサウンド、コンセプトに挑み、確実な進化を遂げている希有なアーティストである。これまで彼の制作した作品群を知れば、あのThe ShelterのTimmy Regisfordが惚れ込んだのも頷けるはずだ。[Ristricted Access]、[Un-Restricted Access]を中心に多数発表さてたその傑作リミックス群は何れも世界的大ヒットとなっている。代表的な作品としてDONNIE「CLOUD 9」「ROCKETSHIP」、STING「SEND YOUR LOVE」「IT’S PROBABLY ME」、JILL SCOTT「GOLDEN」「WHATEVER」「NOT LIKE CRAZY」「HATE ON ME」、CHAKA KHAN feat. MARY J.「DISRESPECTFULL」、JUSTIN TIMBERLAKE「WHAT GOES AROUND」、LEELA JAMES「MY JOY」、JAMIROQUAI「CORNER OF THE EARTH」、PATTI LABELLE「NEW DAY」、FEMI FUTI「TRAITORS OF AFRICA」、MARIAH CAREY「DON'T FORGET ABOUT IT」、STUDIO APARTMENT「WE ARE LONELY」等がる。また、自身のプロデュース作品としてもQUENTIN HARRIS presents CORDELL McCLARY「TRAVELING」、QUENTIN HARRIS「THE SHELTER ANTHEM」「LET'S BE YOUNG」「HOUSE」「U DON'T KNOW」等、何れもここ数年の大ヒット曲で、誰もが一度は耳にしたことがある楽曲群である。他にもCOLDPLAY、TIMBALAND、NELLY FURTADO、PEVEN EVERETT、MICHAEL JACKSON、SEAL、BAH SAMBA、BEYONCE、TERENCE TRENT D'ARBY、RAY CHARLES、AK等多数のREMIXを手がけている。
現在はNY在住であるが、もともと彼はミシガン州デトロイト出身であり、シンガーの母、ミュージシャンの父を持つ音楽一家に産まれ育っている。若い頃からロックからジャズに至るまで様々な音楽を聴いて育ち、5歳でピアノを始め、他にもトランペットやサキソフォン、ドラム等をプレイするようになる。デトロイトのDJ、Mike HuckabyとMike”Agent X”Clarkeの影響を受け、プロデューサー/アーティストとして活動することを決意。そして彼は最初にヒップホップのアーティストとして活動をし始める。自らのグループはThe Bio Chemistと名乗り、当時まだメジャーレーベルと契約以前であったSlum Village、Eminem、そしてD12のメンバー等と活動を共にしていたのである。その後、NYへ移住し、ヒップホップグループThe MastermindsのDJ/プロデューサーとして活動。1999年にはアルバム『The Underground Railroad』のプロモーション・ツアーに参加するものの、ツアー後には突如脱退。独立してDJ/プロデューサーとして活動しはじめる。この頃からハウス・ミュージックのリミキサーとして注目されはじめ、その後は飛ぶ鳥を落とす勢いで素晴らしい作品の数々をリリース。DJとしてもTHE SHELTERを中心に活動を開始し、現在は自らのパーティー"KISS MY BLACK ASS"を地元NYで不定期で行っている。MIX CD『SOUTHPORT WEEKENDER』や日本のみ先行で発表されたオリジナル・アルバム『NO POLITICS』によって、その人気は決定的なものとなり、もはや確実に次世代のシーンを担うトップDJの一人として注目を集めている。
APPEARANCE CAREER
2010.6.5 SAT, 2011.6.4 SAT